競業避止義務契約と有効性を判断する6つの基準

秘密保持契約を締結する上でポイントとなる競合避止義務とは

営業秘密の情報漏えいの過半数は従業員が原因になっているという調査結果があります。(調査結果や従業員からの情報漏えい対策については、(「営業秘密の漏えいルートと従業員からの情報漏えい対策」に記載していますのでご参照ください。)

今回は、従業員と秘密保持契約を締結する上でポイントとなる「競業避止義務についての有効性」を取り上げたいと思います。ご存知とは思いますが「競業避止義務」とは、「労働者が所属する企業と競合する企業に就職することや、競合する会社を設立するなどの競業行為を禁止する義務」のことをいいます。

競業避止義務と職業選択の自由

労働契約法第3条第4項に「労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない」との定めがあり、労働者が競業行為を差し控える義務があると解釈されています。このため、労働者が競業行為を行えば、懲戒処分や損害賠償請求の対象になり、場合によっては解雇事由にもなり得ます。

取締役の場合は、会社法第356条に「競合取引」等に関しての定めがあります。取締役会設置会社においては「競合取引」「利益相反取引」を行おうとする取締役は、取締役会に重要な事実を開示し、取締役会の承認を受けることが義務付けられています。さらに、「競合取引」「利益相反取引」をした取締役は、取引後、遅滞なく取引についての重要な事実を取締役会に報告しなければいけません。

在職中の労働者と取締役においては、法的根拠が明確であるため、競業避止義務が問題になることはありません。しかし、退職後の競業避止義務を課すことについては、職業選択の自由(憲法22条1項)を侵害する可能性があるため、しばしば、その有効性が裁判で争われています。

経済産業省の「秘密情報の保護ハンドブック ~企業価値向上に向けて~」「参考資料5 競業避止義務契約の有効性について」では、競業避止義務契約の有効性について争いとなった判例を分析し、ポイントとなる6つの基準を紹介しています。

競業避止義務契約の有効性を判断する6つの基準

①守るべき企業の利益があるかどうか

競業避止義務契約等を導入してでも守るべき企業側の利益があるかが問われます。不正競争防止法によって明確に法的保護の対象とされる「営業秘密」はもちろんのこと、個別の判断において、「営業秘密」に準じて取り扱うことが妥当な情報やノウハウについても、競業避止義務契約等を導入してでも守るべき企業側の利益と判断されているようです。

有効性が認められた判例

  • 「ヴォイストレーニングを行うための指導方法・指導内容及び集客方法・生徒管理体制についてのノウハウ」は、原告の代表者によって「長期間にわたって確立されたもので独自かつ有用性が高い」と判断。(東京地判 H.22.10.27)

有効性が認められなかった判例

  • 原告が被告業務を遂行する過程において得た人脈、交渉術、業務上の視点、手法等であるとされているところ、これらは、原告かがその能力と努力によって獲得したものであり、一般的に、労働者かが転職する場合には、多かれ少なかれ転職先でも使用されるノウハウであって、かかる程度のノウハウの流出を禁止しようとすることは、正当な目的であるとはいえない。(東京地判 H24.1.13、東京高判 H24.6.13)

②従業員の地位

競業避止義務を課すことが必要な従業員であったかどうかが問われます。従業員の地位について判断を行なった判例では、形式的に特定の地位にあったかどうかよりも、企業が守るべき利益を保護するために、競業避止義務を課すことが必要な従業員であったかどうかが判断されていると考えられているようです。

有効性が認められた判例

原告は、「指導方法及び指導内容等についてノウハウを伝授されたのであるから、本件競業避止合意を適用して原告の上記ノウハウを守る必要があることは明らかであり、被告が週1回のアルバイト従業員であったことは上記判断〔競業避止義務契約の合理性、有効性が認められること〕を左右するものではない」と判断。(東京地判 H22.10.27)

有効性が認められなかった判例

従業員数6,000人の日本支店において20人しかいない執行役員で、役員会の構成員である高い地位にあったが、「保険商品の営業事業はそもそも透明性が高く秘密性に乏しいし、また、役員会においては、被告の経営上に影響がでるような重要事項については、例えば決算情報が 3週間部外秘とされるといった時限性のある秘密情報はあるが、原告が、それ以上の機密性のある情報に触れる立場にあったものとは認められない」と判断(東京地判 H24.1.13)。控訴審でも職務の実態は取締役に類する権限や信認を付与されるものではなかったという判断をしている。(東京高判 H24.6.13)

③地域的な限定があるか

地域的限定について判断を行なっている判例は多くはないですが、争われている場合には業務の性質等に照らして合理的な絞込みがなされているかどうかという点が問題とされているようです。ただし、地理的な制限がないことのみをもって競業避止義務契約の有効性を否定しないという傾向もあるようです。

有効性が認められた判例

誓約書による退職後の競業避止義務の負担は「在職時に担当したことのある営業地域(都道府県)並びにその隣接地域(都道府県)に在する同業他社(支店、営業所を含む)という限定された区域におけるものである(隣接都道府県を超えた大口の顧客も存在しうることからすると、やむを得ない限定の方法であり、また「隣接地域」という限定が付されているのであるから、無限定とまではいえない)」と判断。(東京地判 H14.8.30)

有効性が認められなかった判例

「本件誓約書における競業避止義務においては、退職後 6 か月間は場所的制限がなく、また2 年間は在職中の勤務地又は『何らかの形で関係した顧客その他会社の取引先が所在する都道府県』における競業及び役務提供を禁止しているところ、原告在職中に九州及び関東地区の営業 マネージメントに関与していた被告Bについては、少なくとも退職後2年間にわたり、九州地方及び関東地方全域において、原告と同種の業務を営み、又は、同業他社に対する役務提供ができないことになり、被告Bの職業選択の自由の制約の程度は極めて強い」と判断。(東京地判 H24.3.15)

④競業避止義務の存続期間

形式的に何年以内であれば認められるという訳ではなく、労働者の不利益の程度を考慮した上で、業種の特徴や企業の守るべき利益を保護する手段としての合理性等が問われています。近年の判例によると概ね、1年以内の期間については肯定的に捉えられている例が多く、2年の競業避止義務期間について否定的に捉えている判例が見られるようです。

有効性が認められた判例

めっき加工業における事案で、1年間という期間につき仮処分決定に際しては「期間を1年間と限定しており、一応、合理的範囲に限定されている」と判断。(大阪地決 H21.10.23)

有効性が認められなかった判例

保険業における事案で、「保険商品については、近時新しい商品が次々と設計され販売されているころであり(公知の事実)、保険業界において、転職禁止期間を2年間とすることは、経験の価値を陳腐化するといえるから(原告本人)、期間の長さとして相当とは言い難い」と判断。(東京地判 H24.1.13、東京高判 H24.6.13)

⑤禁止される競業行為の範囲

禁止される競業行為の範囲についても、企業側の守るべき利益との整合性が問われています。一般的・抽象的に競業企業への転職を禁止するような規定は合理性が認められないことが多い一方で、禁止対象となる活動内容(たとえば在職中担当した顧客への営業活動)や従事する職種等が限定されている場合には、有効性判断において肯定的に捉えられることが多いようです。

有効性が認められた判例

競業(営業活動)禁止の対象は「原告在職中に原告の営業として訪問した得意先に限られており、競業一般を禁止するものではない」と判断。(東京高判 H12.7.12、東京地判 H11.10.29)

有効性が認められなかった判例

原告が在職中に得たノウハウはバンクインシュアランス業務の営業に関するものであり、「バ ンクアシュアランス業務の営業にととどまらず、同業務を行う生命保険会社への転職自体を禁止することは、それまで生命保険会社において勤務してきた原告への転職制限として、広範にすぎる」とした。(東京地判 H24.1.13、東京高判 H24.6.13)

⑥代償措置が講じられているか

競業避止義務を課すことの対価として明確に定義された代償措置が存在する例は少ないようですが、明確に定義された措置でなくても、代償措置(判例の中には賃金かが高額であれば、代償措置があったとみなしている例もあります)と呼べるものが存在することについて、肯定的に判断されているケースも少なくないようです。

有効性が認められた判例

「代償措置(説明会等、業務進捗の節目毎の奨励金の支給)がある」ことを理由の一つに挙げて、競業避止義務を負うことを認めた。(東京高判 H15.12.25)

有効性が認められなかった判例

「競業避止義務等を課される対価として受領したものと認められるに足りるのは月額 3000円の守秘義務手当のみである」として否定的に判断。(東京地判 H24.3.15)

まとめ

秘密保持契約を締結する上でポイントとなるのが、競業避止義務についての有効性です。特に退職時に締結する秘密保持契約では、職業選択の自由との兼ね合いから、しばしば裁判で競業避止義務の有効性が争われてきました。

判例では、①守るべき企業の利益があるかどうか、②従業員の地位、③地域的な限定があるか、④競業避止義務の存続期間、⑤禁止される競業行為の範囲、⑥代償措置が講じられているかの6つが競業避止義務契約の有効性を判断するポイントとなっています。

参考資料